〜騒がしい特別の一幕〜
深夜にもかかわらず、その一画は喧騒のただ中にあった。
喧騒の中心には焦げ跡と大きなクレーターがあり、その周りにも小規模ながらへこみ跡やらヒビやらが残っており、
まるで戦車と重火器が打合いをしたようだと、喧騒を取り囲む野次馬は噂した。
その喧騒の外、ワゴン車の後部座席に泉光子郎はいた。
パソコンをひたすらに叩きながら、表情は憔悴している。
その傍らではテントモンが、こちらもやはり疲れ切ったような風体で、光子郎の横で眠っている。
手伝おうにも光子郎に休んでくれと止められた手前、手持ち無沙汰になってしまい、結局疲れて眠ってしまったのだ。
今から数時間ほど前から、光子郎を初め選ばれし子どもたちはちょっとした事件に巻き込まれていた。
それを“ちょっとした”と形容していいのかは定かではないが、
どうにか一日で収束した以上は、彼らの感覚からいえばそれで十分である。
ひとまとめにしていえば、人が実験でつくり出してしまったデジモンが、先程まで暴れていたのだ。
それを選ばれし子どもたちが抑えこむ羽目になり、てんやわんやの騒ぎの上にどうにか収束して今に至る。
一般人の怪我人がいないことが幸いだが、これからの後処理を考えると頭が痛くなる。
それでも今出来る限りの処理、というか後始末を早速初めているという意味では、光子郎はやはり真面目なのだ。
「光子郎くん!」
ぱたぱた、とワゴンに駆け寄ってくる足音と、この重苦しい雰囲気にそぐわない明るい声色に、光子郎は顔を上げる。
そこにいたのは昔から変わらずにある裏表のない笑顔だ。
「おにぎり持ってきたの、食べるでしょ?」
太刀川ミミは右手に持った袋を光子郎に差し出した。光子郎はそれを受け取って、ふと怪訝な顔つきになる。
「ありがとうございます。けど、ひょっとしてこれミミさんの手作りですか?」
「まさか、そんな暇なか……って、どういう意味よ!」
笑顔から急転直下で不機嫌になるミミを見て、相変わらず表情がコロコロ変わる人だと感心した。
10年経っても以外に人は変わっていないものだが、ミミはその中でも特に変わっていない人間の一人だと光子郎は思う。
昔から考えることがハッキリしていて、自分には素直。
悪く言えばそれはワガママだが、ミミのそれは決して嫌なものではない。
「特に他意はありませんよ。それより向こうは一段落付いたんですか?」
「ついてないわよ」
「じゃあなんでワザワザ……」
「だって光子郎くん、一人でさっさと行っちゃうし!みんなに聞いたらご飯も食べてないって」
だからわざわざコンビニでおにぎり買ってきてくれたんですか、と袋の中から鮭ハラミ握りを取り出して封を上げた。
けれど、光子郎の言葉を聞いていたミミといえば、なぜか不機嫌顔から戻る気配がない。
「確かに光子郎くんのこと心配はしたけど、腹も立ってるのよ!」
「なぜですか」
「当たり前じゃない、アメリカから帰ってきたと思ったらすぐにこんな騒ぎに巻き込まれるし!
しかも光子郎くん達、前から知ってて黙ってたなんて」
「それについては悪いと思ってますし僕の落ち度です。けれど小規模でしたし、出来ればおおごとにしたくなくて」
「オオゴトになったじゃないの!」
光子郎くんのばかー!と涙目で言われては、ぐうの音も出ないのである。
「本当にごめんなさい、今回ばかりは僕の責任です。他のみんなに口止めしたのも僕なんです。だから・・・・・・」
許してくれませんか?と涙目に訴えると、ミミは考え込むようにこちらを睨みつけていた。
やがて小さな声で「だったら約束してよね、」と呟かれた。
「これからはどんな小さなことだって、私たちに黙ってするのは禁止! 破ったらミミの言う事なんでも聞いてもらうんだから」
「肝に命じます」
「あと、今日のことだって入るんだからね!」
「わかりました……それで、何をすればいいんですか?」
すると、ミミの表情が再び笑顔に戻った。やっぱり表情の変化が激しい、といつでも思うのだ。
「そうねぇ……じゃあ明後日、一緒に渋谷ね。服買うから、荷物持ってくれる人がほしいの」
「服ですか、そんなに買ってどうするんですか。ミミさん服いっぱい持ってるでしょう」
「女の子にはたくさん必要なのよ!それで、お昼は五右衛門でパスタ食べるの。もちろん光子郎くんのおごりで」
「はあ……」
まるでデートみたいだ、なんて言ったら怒られるだろうか。
それからはまた後で考えよっと!とはしゃいでいるミミは、先程まで怒っていたとは思えないほど晴れやかである。
それはある意味では安心し、光子郎はちょっとだけ、疲れが癒えたような気がした。
「そういえば、今何時なんだろ?」
「待ってください……ああ、もう明日になってます」
パソコンの画面には00:15と表示されている。その日付は、8月1日。
「え、もう8月1日になっちゃったの!?うそぉー」
「全く、今年はとんでもない迎え方になりましたよ」
11年前の今日、自分たちは冒険へ巻き込まれた。それは今の状態にも繋がってくる、人生のターニングポイント。
「でも、これはこれで僕たちらしいのかも知れませんね」
これからもデジタルワールドに関わる限り、こういった事態は続くだろう。それこそ、人生の終わりまで。
けれど、目の前にいるかつての仲間たち。そしてなにより、今は隣で眠っている、かけがえのないパートナー。
それらと出会え、知ったことは、決して不幸ではないのだ。
「うん、どっちにしてもみんなで集まれるんだから」
「あ、でもこの処理が終わらないと落ち着いては……ああ、でもこれは今日中に……」
「光子郎くん、水さすようなこと言わないの!」
今年も、特別な一日が始まる。