大会編



  遂に今日は大会だった。

  今日はいつもの体育館ではなく東京都が経営している大きな体育館だ。
  大きさも学校の倍くらいはありそうで、いるだけでかなりの威圧感がある。

  「ヒカリ!頑張ろうね」

  「芽瑠もね」

  ヒカリたちは荷物を置いて、各中学に配置されている練習コートに行った。
  今日この大会で負けたら私たち3年の部活は卒業。だから誰もが負けたくない大会だった。

  ヒカリは不調が続いて今回芽瑠とのダブルス戦のみの出場だった。

  「ヒカリ、愛しの太一さんが見てるよ」

  芽瑠の冷やかしにヒカリの顔は素直に真っ赤かに染まってしまった。

  今日はお兄ちゃんが私の試合の応援に来てくれている。
  お兄ちゃん曰く今日は日曜日だから高校が休みらしい。それって理由なのか...むしろ普通...

  まぁ深い突っ込みは控える事にして、兎に角太一が見てくれているというだけでヒカリは俄然やる気になった。

  学校ごとに召集され開会式が始まり

  「今から第26回中学バドミントン大会を始めます」

  女の人のアナウンスが入り式は簡単に終わった。

 「召集します。男女番号1から20番の選手は1階ロビーまで集まってください」

  ヒカリたちの番号は33番で次の招集に呼ばれるみたいだった。
  呼ばれた選手がぞろぞろと移動を始める。


  いよいよ大会の始まりだった。






  ヒカリたちの番は正直あっという間だった。

  部活の仲間の応援に背中を押してもらって、ヒカリたちはロビーへと向かった。
  1階へ行くともう選手はぞろぞろと並んでいる。自分たちの並ぶ場所を探していると後ろから声をかけられた。

  「ヒカリ・芽瑠ちゃん!
  「お兄ちゃん」

  振り向くと、応援に来てくれていた太一がいた。

  「太一さん!ご無沙汰で〜す」
  「2人とも今日は頑張れよな」

  太一はヒカリの頭にポンと手を乗せた。その手はまるで魔法のようで、緊張がその手によって吸い取られるようだった。

  「うん」
  「俺、上で見てるからしっかりやれよ」

  「あ!じゃあ太一さん頑張ったらなんかご褒美くださいよ。ね!そうしたら私もヒカリも俄然やる気出ちゃいますよ〜」

  芽瑠は思いついたように言い出した。

  「ちょ……芽瑠!それはちょっと図々しい....
  ヒカリが止めようとしたとき太一は

   「あーそれも面白そうだな」
  「じゃあ決まりですね!!

  そんな感じで、芽瑠の提案はあっさり可決されてしまったのだ。






   その後太一は上へ上がっていった。
  ヒカリたちも順番に並ぶ。

  「あ!八神さん」

  声をかけてきたのは、隣の中学のライバル沢田柚菜・近藤みどりチームだった。
  実力的にも同じくらいで、大会では向こうもこちらをライバル視している。

  「私たち当たるとしたら3回戦よ。八神さんたちを倒すのは私たちだからね、それまでは負けないでくださいよ」

  みどりは喧嘩を売るように言って来たので、芽瑠がその喧嘩を買った。

  「おあいにく様。私たちは負けませんから。そちらこそ自分の心配したら?」


  《出場選手は移動してください》


  タイミングよくアナウンスが入った。

  「行きましょう。柚菜さん」
  そういうと、みどりはスタスタと歩いていった。

  「失礼な事言ってスイマセン。みどりさんプライド高いから……人を挑発する事をすぐに言ってしまうんです」

  ちゃんと謝ってくる柚菜はなかなかいい性格をしているようだ。

  「別にいいわよ〜」

  「みどりさん貴方のお兄さんのファンだから多少の僻みとか八神さんに対してあるかも知れないんだけど、
                              もし当たったときは正々堂々よろしくお願いします。じゃぁ……

  柚菜はそういうと走り去っていった。

  「へぇーあの性格ブス、太一さんのファンだったんだ」
  「それより私たちも行かないと!」

  ヒカリは内心思った。

  芽瑠さん性格ブスって……

  ヒカリはブラック芽瑠が少し見えた気がした。






  打って打ち返しての激しいラリー。
  ドライブをかけても拾われる。

  運悪く相手は優勝候補チームの1人だった。
  五分五分の戦い。
  取っては取られの接戦で、現在後一点のところまできた。

  「ラスト取るよ!」

  神経を集中させて、気合を入れなおした。
  相手からのサーブから始まり、長いラリーが始まる。気を抜けないシャトルの打ち合い。

  「芽瑠!」

  高く上がったシャトルを芽瑠が上から打ち落とす。

  強い音とともに、相手のコートめがけて飛ぶ。
  ぎりぎりのシャトルを拾われ、不意を突かれた。

  体が反射的に動くが間に合わない。


  「あっ!」

  ヒカリはあきらめずにシャトルに向かって飛んだ。




  その後体育館中に拍手と歓声が響いた。




  「ヒカリーーーーーー!!」

  芽瑠が感激のあまり、涙目で振り返る。
  しかし、後ろにいたヒカリの顔は笑顔ではなく荒い息使いで蹲っていた。






  「ちょっとヒカリ大丈夫?」

  ヒカリはうずくまったまま、動かない。
  そのまま医務室に運ばれる事になった。


  **************************


  「先生!ヒカリの足.....
  「捻ったみたいだな、ここ赤く腫れてるだろ?このまま試合に出させるわけにはいかない」

  「そ...そんな」

  ヒカリと芽瑠は気を落とした。


  「でも、私試合に出たいです。先生!」
  「八神さんでもね。教師としてアナタを試合に出させるわけにはいかないのよ。親御さんへの事だってあるし」

  その場の空気はかなり重たかった。   すると、医務室のドアがなった。


  中に入ってきたのは


  「マイティ久しぶり」

  「あら八神くん」


  ヒカリの兄太一だった。






  「お兄ちゃん!私どうしても試合出たいの」

  ヒカリは太一に言ったってどうにかなるものでもないのに気持ちをぶつけた。

  「八神さん。そんな事お兄さんに言ったって
  「先生、ヒカリのやりたいようにやらせてやってよ」

  太一の言葉にその場にいた全員が驚いた。

  「……いくら、八神くんの頼みでも聞けることと聞けないことが」
  「お袋たちにはさっき連絡入れたし、俺たち家族はヒカリの気持ちを出来るだけ尊重してやりたいんだ」

  そう言って手に持った携帯を見せる。

  「マイティがこれ以上の試合は不可能だ。って思ったらヒカリを有無を言わずに下げていい。
         だけど、本人の意思は固いんだ。俺に似て案外頑固だから、一度言い出したらヒカリは聞かないよ」

  「……八神くん。………負けたわ」

  石川先生はあきれたように言う。
  なんだか太一の言葉で場の雰囲気が和らいだようだった。

  「お兄ちゃん!ありがとう」

  ヒカリは嬉しさのあまり太一に飛びついた。

  「ばーか。ちゃんと後から病院行くからな、忘れんなよ?」


   太一の優しさが全身に染み渡って


   不思議だ

   次の試合足が痛くても頑張れるような気がしたの。


  「ヒカリ、良かったね」
  「芽瑠迷惑かけちゃうけど。頑張ろうね?」

  「あったり前でしょ!」




  こんなにも私の周りはあったかい。

  私はこの気持ちどうしたらみんなに返していけるのかな?






  「……最後の大会だもんね」

  芽瑠は自分の携帯を握り締めながら呟いた。


  (芽瑠!俺陸上の推薦決まった)

  この陸からのメールが届いたのは5日前。
  もちろんすぐにおめでとうって返信した。

  ずっと陸が行きたいって言ってた高校からのオファー。

  もちろん私も陸と同じ高校に行くから……

  ヒカリにはちゃんと伝えた。


  だから……
   ヒカリとのバドミントンこれでおしまい。

  ヒカリとのダブルスとっても楽しかったから、ほんとに寂しい。
  同じコート上で一緒になって戦えるのは今回で最後になってしまうけど。
  くよくよしても仕方が無いから、私もヒカリも次を見据えて前に進んでいく。


  2人で指切りをした。
  絶対にいい日にしようね!って。



  「芽瑠!頑張ろうね」

  「当たり前でしょ。ヒカリが動けない分あたしが走り回るから」


  コートに向かう前に一息入れて、気合を入れる。

  自然と笑みがこぼれてきて、緊張なんて無かった。


  「さぁ、次の相手も手ごわいわよ。気合入れていきましょ!」

  私達は力強くコートに足を踏み入れた。






  「ヒカリ……陸の高校推薦決まったの。あたし緑ヶ丘大学付属高校目指す」

  芽瑠の口からいつかは聞かされると思っていた言葉は、ついに芽瑠の口から聞かされた。
  それは大会の5日前のことだった。

  「そっか。良かったね芽瑠!浅野くんにおめでとうって伝えて」

  芽瑠は本当に嬉しそうな顔をするから私も素直に嬉しかった。

  前々から、浅野くんが緑ヶ丘大学の付属高校を狙ってるって噂が学校でたっていたから芽瑠も進路の事は
  あまり口には出さないけどそうなのかな?とはうすうす感じていた。

  「ヒカリは太一さんたちと同じ高校目指すんでしょ?」

  芽瑠に聞かれて、少し戸惑った。

  「ん今の成績よりちょっと背伸びしてるんだけどね。頑張ってみようかなって思ってるの」

  空を見上げるともうオレンジ色が少し空の色にかかっていて
  ヒカリはこの空の色をきっと忘れないと思った。

  「ヒカリなら大丈夫!だって私の親友だし。ねッ」

  芽瑠の自信たっぷりの言い方になんだか笑えてきた。

  「ちょそこ笑うところじゃない!」
  「ふふふ……ごめんでも芽瑠らしいなって」

  「………ヒカリ」
  「なぁに?」
  「私たち、ずっと友達でいようね」

  芽瑠がやわらかく笑うから
  私もそれに答えた。

  「うん。おばあちゃんになってもずっとだよ」

  自然と繋がった指きりげんまん。
  この指切りは、大会で全力を出す約束と、これから始まっていく私たちの未来への約束の証。


  二人の絆は図れないほどに強くて、これからもずっと続いていくはずだよね。

   

 

 

 

 

 

次の試合の対戦相手はライバルの沢田柚菜と近藤みどりのペア。
ネットの間でじゃんけんをし、先攻後攻決めていく。


「ここまでちゃんと負けずにこれたようですね」


ネット越しの挑発。芽瑠も鼻で笑うようにあしらう。

「その言葉そっくりそのままお返しいたします」


みどりはふんっと鼻を鳴らし自分の低位置に戻っていく。
ヒカリたちはいつもと違うフォーミングで、ヒカリの足をかばっての作戦だった。


「この試合、ヒカリの代わりに私が走る」


そう意気込んだ芽瑠
相手からのサーブでこの試合始まった。



取って取り返しての激しい試合。

 

 10-12

 

足ががくがくしてヒカリの足の痛みも疲労の為かピークに達していた。
息が上がり痛みで目がかすむ。


揺れる視界の中ヒカリはシャトルを打ち上げた。
フォアハンド、バックハンド、ショット、ドライブ、スマッシュ


パンッ


不意をつかれた。
ヒカリのラケットより高く羽が舞う。


だめかもしれない。
これで終わってしまうのか……
脳裏にそんな言葉が行きかう。


パンッ



後ろで音が聞こえる。

「ヒカリッ!」

芽瑠の声で我に帰ることが出来た。



 モウアキラメルコトハ、シタクハナイ。


本当にそう思った。




  

 

 

会場からわーっと歓声が上がった。

まるで、体育館中が震えているようだった。

額には汗が流れ、乱れる呼吸は落ち着かない。




……負けちゃったぁ」





悔しくて、苦しかったけどでも達成感の方が大きかった。


結果は1517


近藤・沢田ペアは喜び、ヒカリと芽瑠は次の試合の審判へと移動する。


二人の間に言葉なんて無かった。



その試合も終わって二階に上がる階段。何だか肩が震えてる様に見えた。


ヒカリゴメンね。私がもっともっともっとヒカリの分まで走り回れれば


芽瑠の事だから、強がって試合の後泣かなかったんだね。
ポロポロ溢れてくる涙を拭うことも忘れて彼女はただその場に立ち止まってしまった。


その姿はいつもの自信に満ち溢れた芽瑠の姿ではなく、弱々しく儚いヒカリが今まで見たことの無い姿だった。

  

  

    

    

    

    

 

     「お疲れ様。今まで一緒に戦ってくれてありがとう」


ヒカリはめいいっぱいの感謝の気持ちを抱いて芽瑠のことを抱きしめた。
芽瑠はヒカリの腕の中でひっくひっくと止まらない涙を流している。


「あたしもヒカリと一緒にやったバドミントンのこと……忘れないから」

ぼそっと呟いた芽瑠は、腕で瞳に溜まった涙を拭い去った。


「さっ!みんなの所に戻ろうっか」

元気に言う芽瑠。さっきの弱さは微塵と感じられない。


「うん」

ヒカリも芽瑠の後に続いた。


上へ戻ると後輩や応援に来てくれた人たちからの拍手でいっぱいだった。
2年生の子2人がヒカリたちに近づいて花束を持ってきてくれた。


「先輩方お疲れ様でした」

嬉しくて、どこか寂しい感覚が全身を支配した気がした。


「ヒカリ先輩・芽瑠先輩!お疲れ様でした」

大勢の部員の中からひょっこり出てきた奈月は、ヒカリと芽瑠の前にやってきたかと思うとその手の中には部員からの応援メッセージが詰まった色紙を抱えていた。


「先輩のおかげで私の人生変わりました。本当に感謝してます!短い間しか一緒に練習できませんでしたが先輩方は私の憧れの存在です。また受験勉強の合間とかに体育館に顔を出しに来てくださいね」


ヒカリは、潤んだ目で彼女に向かって微笑み、芽瑠はかわいらしい笑顔で言う奈月ちゃんを無性に抱きしめたくなったが、とりあえず芽瑠は涙をこらえるので精一杯だった。


「これからも頑張ってください」

「ありがとう。奈月ちゃんも頑張ってね!」

「はいッ!」

周りが拍手に包まれた。



「ヒカリ」

 

 

 

 

 

 

 

ヒカリが名前を呼ばれて振り返るとそこには兄である太一の姿があった。


「お疲れ」

「あうん」


素直に喜べなかったのはこのあとの言葉が予想できるから。

「ほら、早く用意しろ。今から病院行くから」

分かった」


ヒカリは自分の荷物を用意すると太一がそれを持ち、共に体育館から外に出た。


外の空気は体育館の中と違い清々しい匂いがした。
頬を撫でる冷たい風が心地よい。


「ほら、乗れ」

呼ばれてみたらそこにはヒカリの自転車があった。サドルは今朝より高くなってるからどうやら太一が自分の身長に直したらしい。


「あでも私2人乗りってあんまりしたことなくて」

そう言ったヒカリを太一は抱き上げて後ろに乗っけた。


「しのごを言わずに黙って乗れ」


ヒカリは驚いて固まってしまった。


「ちゃんと掴まってろよ」

「あはい」

ヒカリは言われた通りにしようと思い、座っている荷台の部分をぎゅっと握った。


「バカ。こっちだろ」

そう言われてヒカリの腕は太一の腰の辺りに導かれた。


「ぇお兄ちゃん!?

「しっかり掴まってろよ」



太一はそう言うと自転車を発進させた。

ヒカリは、どんどん速くなるスピードにドキドキした。

それ以上に触れている部分に熱が生まれ、離れたいようなでもずっとこのままでいたいような気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

backtopnext

inserted by FC2 system