部活編


  「芽瑠いくよー」
  「ほいきたッ」

  私と芽瑠は交互にシャトルを飛ばして練習をしていく。

  「ヒカリーちょっとペース速いよ」
  「そうかな…」
  「もっと気楽に行こうよ♪大会近いからってのはわかるけどね」

  シャトルを撃つのをいったんストップして、汗を拭く。

  向こう側では1年生が学校のラケットを借りて、シャトル撃ちの練習をしていた。

  「でもさー奈月ちゃん良かったね。樹くんの捻挫だってそこまで酷くないんでしょ?」
  「うん」
  「1年生はどうせ2・3年生の応援だからベンチに座って大きな声で先輩を応援しましょう♪でしょ?」

  芽瑠はタオルで仰ぎながら言う。

  「まぁそうだけど…奈月ちゃん、樹くんの親が送れないときはお家まで送ってるみたいよ?」
  「良いジャンお熱くて♪」

  芽瑠は調子乗って良いこと言っている。

  「もー…」
  「あたし達の大会の心配もだけどヒカリは高石くんや本宮くんの事も気になるんでしょ?」

    ちょっと芽瑠に図星を突かれた気がした。

  「一応…大輔くんは推薦かかってるから…大輔くんお兄ちゃんと同じ高校に行きたいんだって」
  「あの高校偏差値結構高いよね!あたしはそんなに高望みしたくないなー笑”」

  「お兄ちゃんの高校サッカー強くて…大輔くんお兄ちゃん目標だから実力勝負だーってこの前言ってたんだ」
  「あはは、本宮くんらしいジャン♪あたしは陸と一緒の高校目指し中!」

  芽瑠はお腹を抱えながら言った。

  「立派な志望理由あるんジャン笑”」
  「ありがと★☆」

  ヒカリ達はそのあともうちょっとだけ休憩して練習に復帰した。   






  大会2週間前ヒカリは久々に高熱を出した。
  学校は休みたくなかったから無理して学校に行った。

  大輔くんもタケルくんも心配してくれたけど、自分の意識で無理をした。
  「ゴメンね。今はただ頑張りたいの」

  みんなにはそう言った。

  高熱が出て2日目。朝解熱剤を飲んだけど、今は4限目でもうすぐ薬の効果が切れる時間。

  隣のコートでは男子の4組と5組が合同でクラス対抗バスケをやっていて女子は隣でソフトバレーを適当なチーム分けで試合をしていた。

  「ヒカリーッ」

  同じチームメイトの子がトスを上げボールがヒカリの目の前にやってきた。

  ボールをとらなきゃ…


  頭ではそう思っているのに体が重くて動かない。


  頭の中がグルグルして、体が熱くて…


  しっかり意識を保っていないと意識が飛びそうで…


  バンッ

  と鈍い音がした。
  そのままヒカリは倒れ込むように床に倒れた。

  「ヒカリッ!?」

  友達の声が聞こえる。

  返事が出来る体力はもう残っていなかった。


  そのまま私はは意識を手放したんだ…






  再び目を開けたときには薬品の香りが鼻をかすめる保健室。

  「そっかー私倒れちゃったンだっけ…」

  天井は嫌みのように真っ白だった。

  「ヒカリちゃん。目…覚めた?」

  近くにいたのはタケルくんと保健の先生でさっきまで保健の先生と話していたみたいだった。

  「八神さん、熱があったのにここのところ無理をしてたんですってね」
  「……はい。先生すみませんでした」
  「まぁ…過ぎたことは仕方がないし…はい!体温計でちゃんと熱測ってね」

  そう言ってヒカリは体温計を手渡された。

  脇に挟むと、体温計の先がやけに冷たく感じられた。

  「あ!高石くんにもちゃんとお礼言わなきゃダメよ。彼お姫様抱っこでココまで貴方を運んできてくれたんだから」

  保健の先生はくすくす笑いながらそう言った。

  「……え…?お姫様抱っこ……?」

  そう聞いた瞬間赤かった顔がさらに赤くなった感じがした。

  「一番適切かな?ッテ思って…嫌だった?」
  「嫌って言うか…恥ずかしいんだけど。でも…タケルくんココまで運んでくれて有り難う。…えっとその〜重くなかった?」

  「全然!むしろ軽くて心配したよ。ちゃんとご飯食べてるかなって」
  「ご飯は…ちゃんと食べてるよ」

  ホントはあんまり喉を通ってなかったけど、嘘をついた。


  これ以上心配掛けたくなかったから……


  「私もう少しココで休んで行くね」
  「あ!わかった。じゃあ僕、教室戻るね。あとで給食後で持ってくるから…」
  「うん。タケルくん有り難う」

  そう言うとタケルくんは保健室から出ていこうとした。

  「あ!」彼は何か思いだしたかのように振り返って、
  「ヒカリちゃん頭に軽くたんこぶ出来てたから、あんまり触っちゃダメだよ」
  「え…うそッ!?」

  そう注意してから、タケルくんは教室へと戻っていった。

  そーっと頭を触ってみるとおでこの辺りが少し膨らんでいて、さっきまで頭痛だと思っていた痛みの正体がたんこぶだと分かった。   






  昨日から体調の悪そうな彼女を無意識に気にしている。


  いつからだっただろう…


  彼女を目で追うようになったのは


  今日は彼女が体調を崩して2日目。彼女は今日も頬が少し赤く、顔が少し青ざめていた。

  4時間目の体育の授業。男子はバスケで女子はバレーボール。僕はバスケ部だったから積極的に試合に出ていく。

  シュートとかが入ったらやっぱり嬉しいし、バスケ部ではない男子が良いプレイをすると燃える。
  やっぱり体を動かすことは気持ちがいいことだと、つくづく感じるのである。


  大輔くんはいつのまにか体育館に居ない。さっきまで友達と隅で喋っていたのに何処でさぼっているんだろう。

  「タケル行ったぞッ!!!」

  そんなことを考えながら僕はゴールにシュートを決める。
  隣のコートでは僕の親衛隊らしい女の子達が僕を見て黄色い声援を飛ばしている。

  僕が応援して欲しいのはたった1人の女の子だけなのに...

     僕がシュートを決めたら5分間で行われていたゲームが終わった。体育館には先生の吹くホイッスルの音が響き渡る。
  僕は軽く汗を拭き、女子の方を見た。親衛隊はまだきゃあきゃあ言っている。そんな中異変が起こったんだ。

  「ヒカリッ」

  聞き慣れた名前が耳を通る。


  僕の目にはボールが頭にぶつかり倒れ込んだヒカリちゃんの姿が映った。


  僕は自然と体が動いて、人目も気にせず彼女の元に弱り切った身体を持ち上げた。


  「高石くん!?」

  ヒカリちゃんの友達は驚いたように僕を見た。

  「保健室…連れていきます」

  僕はそれだけ先生に言って彼女を体育館から出し、そのまま保健室へと向かった。   






  ヒカリちゃんが倒れているとも知らずにおれはダチとトイレに行ってそのあとは適当に時間を見ながらサボっていた。

  バスケはタケルが得意だから苦手だ。実際最初はゲームに参加していた俺だが、タケルのスリーポイントシュートを見て完全にやる気をなくした。

  まぁ…部活でやってるヤツと比べても仕方がない部分もあるのだが...相手がライバルのタケルだと意地でも負けたくなるのが【漢】ってもんだろ。


  でもあれほど綺麗にゴールまで届くボールを見てしまうと誰もが呆気にとられてしまうだろう。

  「あいつばっかり目立ちやがって…」

  単なる僻みといえばそうねのだが、実に自分だけ腑に落ちないので大輔は適当な友達を連れて、トイレを口実に体育館を離れた。
  あとから思えば体育館に残っていたら良かったのに……後に後悔する事になる。

  時間かな?と思って戻った体育館には何となくざわつきがあった。「集合」と先生に集められ、俺はぞろぞろと列に並ぶ。

  そう言えばタケルの姿が見えない。よくよく見渡してみるとヒカリちゃんも居ないような気がする。

  ごそごそと俺の後ろで話し声が聞こえた。

  「さっき凄かったよね!」
  「いいなー八神さん。高石くんにお姫様抱っこされて...私もされてみたーい」
  「?」


  ヒカリちゃんがタケルにお姫様抱っこ!?!?


  何でタケルが!?


  「八神さんの給食って滝沢さんが持っていくのかな?」
  「案外高石くんだったり」

  後ろの女子は、先生が話していてもお構いなしにぺちゃくちゃと俺の欲しい情報を喋ってくれた。

  俺はチャイムが鳴ったあと、すぐさま保健室に向かって走り出した。






  チャイムが鳴ったあとすぐさま大輔くんが心配して様子を見に来てくれた。

  その時タケルくんは教室に戻って給食を取ってくると言って居なかったから2人が言い合いをすることはなかった。


  放課には芽瑠も来てくれた。さすがに部活は先生やみんなに止められて出席しなかったけど...

  正直そんな体力はなかった。どうやら精神的にもまいっていたらしいのだ。

  保健室で少し寝たから体の重さが少し軽くなったが、まだまだ体調は良くならない。

  遅い回復に焦りと苛立ちが交わった。


  家に帰って今日のことを話したら、お兄ちゃんに体温計を渡され、無理矢理ベッドに入れられた。

  「無理すんなよ」
  「...ごめんなさい」

  ヒカリは火照った顔を半分布団で隠しながら言う。おでこは乱暴に貼られた冷えピタのせいで冷たさがあった。

  「ちゃんと寝とけよな」

  きつい言い方だったけど、そこにはちゃんと優しさが混じっていた。

  「ぅん……」

  ヒカリがそう返事をすると太一は部屋の電気を消し、部屋を出ていった。

  真っ暗になった部屋の窓の方は少しだけ外の灯りで明るい。

  ヒカリはそっと瞳を閉じた。


  その夜ヒカリは夢を見た。


    私とお兄ちゃんが仲良く歩いている夢。


  だけどお兄ちゃんは、私の手をすっと放したと思ったら急に周りが暗くなってお兄ちゃんが私から離れていく。
  私は何度もお兄ちゃんを呼んだけど、彼が振り向いてくれることはなくて……

  悲しくて…

  悲しくてぽっかり心に穴が開いたような...

  そんな悲しい夢だった






   あれから2日間学校には行ったけど、ちゃんとみんなに心配を掛けないようにちゃんと寝て薬も飲んで体を休めた。

  2日後、ヒカリは久々に部活に出た。もうすぐ大会だし、一人で練習をさせていた芽瑠には申し訳ないことをしたなー…と思っていた。


  「体動かすの久しぶり♪」

  準備運動をしながらヒカリは言う。

  「まぁ病み上がりだし…ヒカリ、無理しちゃダメだよー」
  「もぅ分かってるわよ。今日は無理はしないから」
  「じゃあウォーミングアップから!」

  顧問の石川麻衣先生(通称マイティー)の声が聞こえた。部員は「はい!」と一声かけて、それぞれウォーミングアップからはいる。

  「芽瑠、じゃあラリー始めようか」
  「うん」

  芽瑠はコートの反対側へ行き、ヒカリの体を気遣ってか、少しゆるめのサーブを入れた。

  ヒカリもゆっくりだがパンッとラケットを振るい返していく。

  5〜6回ラリーを続けたあと、芽瑠の合図で少しスピードが速くなる。


  そこで異変が起き速くなったスピードに普段のヒカリなら平気で返せてしまうのに、

        ヒカリはシャトルのスピードについていけず、無惨にも床に落ちた。


  「ヒカリ、ドンマイ!次行くよー」
  「あ……うん」

  芽瑠の声に合わせてシャトルが宙を舞う。しかしヒカリの体はぴくりとも動かず、まるで自分が岩になってしまったような感覚だった。

  「ヒカリ…大丈夫?やっぱり今日の練習は…」

  ヒカリは気づいてしまった。これは体調不良でもなんでもない。体がプレーを忘れたように動いてくれないんだって事に....






  「芽瑠…体が動かないの」
  「え??ヒカリなに言って…」

  ヒカリは狂ったように言った。

  「駄目なの!体が動き方を忘れたようにスピードについていけないの…こんなの初めて」

  ヒカリはその場にしゃがみ込んだ。


  まるで飛び方を忘れた鳥の様だった。

  大空を羽ばたきたいのにどうやったら飛べるのだろうか分らない。

  いつも出来ていた事が出来なくなると言うのはこんなに辛い事だったんだ。


  「八神さん大丈夫??」

  顧問の石川先生がヒカリの異変に気づいてこっちにやってきた。

  「先生…ヒカリが」

  ヒカリはすっと立ち上がった。

  「先生…今日はもう体調が悪いので帰ります」

  すたすたとそのまま先生と芽瑠の間を抜けて下を向いたまま体育館から出て行った。

   バドミントンをやるのがこんなに苦しいなんて初めてだ。

  ヒカリはそのまま用具を持って家に帰った。家に帰ってもまだ誰もいなく、家の中は暗く寂しかった。

  ヒカリは部屋にそのまま行き、2段ベッドの下の方に倒れこんだ。


  無力の自分が嫌だった。

  何も出来ない自分が悔しさと苛立ちを生んだ。


  ヒカリの頬にそっと流れ落ちる涙はとても深い悲しみを帯びていた。   






  自分でもこれではダメだと思って、重い体を無理矢理動かしてヒカリはラケットとシャトルを持ち出した。

  茜色に染まりつつある空に向かってヒカリは1人で空にシャトルを打ち上げ続けた。

  一人での練習はいつもそうだった。ひたすら宙にシャトルを打ち上げる。気が付くと辺りは暗くなっていた。携帯を見ればもう7時を廻っていた。

  持ってきていたタオルで額に浮き出てきた汗を拭う。


  あと少しで大会だし、感覚を取り戻さないと……


  ドライブ

  フォア

  バック……


  実際頭を回っているのは大会の事だった。今年で最後の大会だ。悔いのないプレーをしたい。少しでも多くの試合に出られるように………


  携帯が鳴った。この音楽は太一からの着信だった。

  「はい。何?お兄ちゃん」
  「ヒカリ、今どこに居るんだ?」
  「えっと…公園」

  「もう暗いから早めに帰って来いよ」
  「ぁ……ん……分かった。もう少ししたら帰るから」
  「了解」

  そうして電話は切れた。

  ヒカリは一息つくと、帰る準備をした。もうすぐ夏だと言っても夜は肌寒い。上着を持ってこれば良かったなーと少し反省し、ヒカリは家に帰った。   






  「ただいまー」

  ヒカリは重いドアを開けた。リビングの方は明るい。

  「お帰り。あんた何処に行ってたの?」

  ヒカリの母親、裕子がキッチンからひょっこり顔を出した。裕子はヒカリのラケットを見るなり「あぁ練習?」と言った。
  ヒカリはそうと言うなり、キッチンに入りコップに水を並々いれ、それを一気に飲み干した。

  はぁと一息いれ、コップをもう一回濯ぐ。

  太一は見ていたテレビから目を離し「お帰り」と一言。
  ヒカリは「ただいま」と返し、手に持っていたコップを横に置き、ヒカリは宿題をしようと部屋に行った。

  机に向かって教科書とノートを開く。
  目の前の課題に取り掛かっているのに頭の中は今日の部活の事でいっぱいだった。


  進まない課題……

  いつもなら苦にならない事が、他に心配事とかがあるだけでこんなにも変わってしまうんだ...

  ヒカリの頬に涙が一粒流れ落ち、ノートを濡らす。

  明日になったらまた何か変わっているだろう。と無理やり思い込んでヒカリは進まなかった宿題を終わらせた。






  「ヒカリ!昨日本当に大丈夫だったの??」
  「ん…心配しないで」

  朝から昨日のヒカリは尋常ではなかったと芽瑠は心配してくる。
  しかし、ヒカリとしては芽瑠に心配をかけたくないあまり大袈裟に大丈夫だと言ってしまうのだった。

  授業が終わってそれぞれ部活に行く生徒たち。ヒカリたちも今日は校舎の周りを走った後からラリーの練習だった。

  ヒカリは正直少し怯えていた。また昨日みたいにシャトルを打ち返せなかったら...と思うと怖いのだ。

  「あの後ちゃんと練習したから大丈夫」
  そういって自分に言い聞かせた。

  「? ヒカリなんか言った?」
  「なんでもないよ」


  頭の中で何度も駆け巡る

  [絶対大丈夫]

  という魔法の言葉



  少し深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
  手には羽がついたシャトル。ラケットで飛ばせばまるで生きている鳥みたいに向こう側へ届く。
  芽瑠もラケットを握り、きれいに対角線上に返してくる。


  よかった....昨日よりは調子がいい。

  このまま練習していればきっと元の調子に戻れる。
  残り1週間ちょっとで大会だ...

  ヒカリは大会まで自主トレと部活の両立を欠かさなかった。






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